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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1023号 判決

控訴人 森崎茂 外一七名

被控訴人 株式会社日の本ホテル

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「原判決中被控訴人の控訴人森崎茂に対する原判決添付目録一の(五)に関する請求及び控訴人杉岡正一に対する同一の(六)に関する請求以外の控訴人らの請求に関する部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、左に記載するほか、原判決の事実摘示と同一(ただし原判決七枚目裏一三行目に「昭和三五年五月一日」とあるは、「昭和三一年五月一日」の、原判決添付目録二枚目表末尾から六行目請求の相手方欄に「藤原幸策」とあるは「萩原幸策」の誤につき訂正する)であるから、ここにこれを引用する。

控訴人ら訴訟代理人は「原判決添付目録記載の建物は訴外高井長之助の所有のものではなく、訴外佐伯、鶴田、武田及び小島の共有に属するものであるから、訴外松本寅吉は右高井から右建物の所有権を取得できるわけはない。従つて右松本の得た仮処分は被保全権利を欠いたものである。」と述べ、被控訴代理人は、「処分禁止の仮処分の登記後の被保全権利の承継人は、右仮処分の効力を援用するにつき、承継執行文の附与を受ける必要はない。仮に右主張が容れられないとしても、被控訴人は、前記松本から前記建物の所有権を取得したものであるから、松本に対する債権者として、債権者代位権に基き右松本が控訴人らに対して有する控訴人らがなした右目録記載の一の建物についての各賃借権設定登記の抹消登記手続請求権を代位して行使する。」と述べた。

理由

訴外松本寅吉が昭和二六年一二月一七日訴外高井長之助を債務者として原判決添付目録記載の二の各建物(以下本件建物という)及び同目録記載の一の各建物につき譲渡質権抵当権賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定を得、同月二四日その登記がなされたこと、右仮処分の登記後である昭和三一年三月三一日控訴人らが本件建物につき被控訴人主張の各賃借権の設定登記を経由したこと、次で被控訴人が同年五月一日右建物などにつき所有権取得登記を了したことはいずれも当事者間に争がない。

そこで、被控訴人が控訴人らに対し右各賃借権設定登記の抹消登記手続を求める請求権を有するかどうかについて判断する。

昭和二八年一〇月二二日前記松本、鶴田、武田、高井間において原判決添付目録記載の各建物につき右鶴田、武田が合わせて一〇分の四、松本が一〇分の六の持分の所有権を有する旨の和解契約が結ばれたこと、次で同三一年四月一〇日大阪簡易裁判所において松本、高井、鶴田、武田間において、「高井は右建物が前記和解により松本、鶴田、武田の共有となつたことを確認する。鶴田、武田は右共有持分を松本に譲渡する。高井は松本に対し右建物の所有権移転登記をする」旨の調停が成立したことはいずれも当事者間に争がなく、右事実に成立に争のない甲第一号証、乙第一六ないし第二一号証、第二八号証、第三八号証の一、二、原審における証人高井長之助の証言(一、二回)の一部及び被控訴会社代表者本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

右各建物は、高井、鶴田、武田らが共同して、高井が右鶴田、佐伯の保証の下に松本から借受けた合計金百四、五十万円と、鶴田、武田の拠出金二九万円及び建築完成後入居予定の賃借人から徴収した権利金等を資金に充て、建築し高井名義でその保存登記を了していた高井、鶴田及び武田の三名共有に属するものであつて、右三名は、佐伯、小島らとともにそこで文楽市場の名称で市場を経営し、高井をしてその経営管理を担当させていたところ、松本に対する前叙の借入金の返済に窮した高井は、たまたま右建物が自己の所有名義となつていたのと、右借入金が右建物の建築資金の主要な部分に充てられている関係から、他の共有者に断りなしに、右借入金の支払に代えて右建物を譲渡しても格別右共有者の異議はなかろうと軽信した結果右建物を前叙の借入金の代物弁済として松本に譲渡する旨の契約をしたが、高井はその後松本からの所有権移転登記の請求に応じなかつたので、松本は右請求権保全のために前叙の処分禁止の仮処分の申請に及んだものである。ところが高井の右不動産の処分を知つた鶴田、武田ら五名の市場の関係者らは、高井を横領容疑で大阪地方検察庁に告訴し、右告訴事件において検察官のあつせんにより、右告訴権者と高井ら間において、市場共同経営の関係を解消した上、鶴田、武田、高井及び松本の四者間において、右建物につき高井は一〇分の六、鶴田、武田は各一〇分の二ずつの持分の所有権を有していたこと、高井の前叙の代物弁済により松本において右高井の持分を取得したものであることを互に確認した結果前記の和解契約の成立をみるに至つたが、その後右建物の敷地の地代、税金等の負担につき松本、鶴田、武田間に生じた紛争がもとで、鶴田、武田らが、松本、高井を相手方として申立てた調停事件において前記の内容の調停が成立したので、即日被控訴人は、右調停条項に基き右建物の一〇分の四の持分の所有権を取得することにより、右建物の単独の所有者となつた松本より、その所有権の譲渡を受け、中間者である松本の承諾を得た上、高井から直接本件建物を含んだ右建物の所有権を取得した旨の冒頭記載の登記を了した。

成立に争のない乙第一六号証、同第二六号証(いずれも仮処分申請書)、同第三七号証(訴状)、当裁判所が真正に成立したと認める同第二三ないし第二五号証(いずれも供述書)の各記載及び前記証人高井長之助の証言中右認定に反する部分は、前顕の各証拠に照してたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る的確な証拠はない。

以上の認定事実からすると、控訴人らは、前記仮処分の後になした本件建物についての各賃借権設定登記を以て右仮処分の債権者である松本に対抗し得ない関係にあつたところ、被控訴人は松本より係争物である本件建物などを譲受けることにより右仮処分の債権者たる地位を承継しその保全の効果を主張しうるに至つたものであるから、控訴人らは、被控訴人に対しても右各賃借権設定登記を以て対抗し得ないものというべく、しかも、被控訴人が右建物譲受当時松本において自ら、その所有権取得登記をなしうる状態にあつたものであり、譲受後被控訴人において、高木より直接その所有権移転登記を受けていること前記認定のとおりである以上、被控訴人は所有権に基き控訴人らに対し右各賃借権設定登記の抹消登記手続を求めうるものといわねばならない。

二、控訴人らは種々の理由を掲げて被控訴人の本訴請求を争うので、これにつき順次判断する。

1、控訴人らの原審における一の主張について、

前段認定の松本と高井間の本件建物などに関する代物弁済契約が控訴人ら主張のように松本において不法の利益を得る目的でなされた民法第九〇条違反のものであつたと認めるに足る証拠はないし、前段認定の右建物などの共有関係及びその代物弁済の経緯からすると、乙第一七号証の売渡書が高井により右建物などに関する他人の持分を横領する意思のもとに作成されたものでないことがうかがえる(右建物などにつき高井が持分の所有権を有する以上、建物の横領ということはあり得ない。)し、仮にそうでないとしても、そのことから直ちに前記仮処分が無効となることはないから、この点の控訴人らの主張は採用できない。

2、控訴人らの原審における二の主張について、

松本と高井との間において前記仮処分の係争物である本件建物などの所有権についての調停の成立したことは既に認定したとおりであるが、仮処分の当事者間において係争物についての調停が成立したからといつて、当然右係争物に関する仮処分が失効するものではないと解するを相当とするから、係争物に関する調停の成立により仮処分が失効することを前提とするこの点の控訴人らの主張は採用できない。

3、控訴人らの原審における三及び七の主張について、

控訴人ら主張のように、前記の調停により松本が高井と控訴人らとの間の本件建物についての賃貸借契約上の債務を引受けて、高井より賃貸人たる地位を承継し、次で被控訴人が松本より右建物を譲受けて、松本の賃貸人の地位を承継したと認められるが、或は被控訴人が昭和三一年五月一日以降右建物の賃料を控訴人らから徴収したことにより、高井より、賃貸人の地位を承継したものと認められることにより、控訴人らが、被控訴人に対し右建物につき賃借権を有することを主張しうるとしても、控訴人らの右賃借権設定登記が前叙のとおり前記仮処分の登記後になされたものである以上、控訴人らが被控訴人に対し賃借権を主張しうるというただそれだけの理由から、右賃借権設定登記を以て被控訴人に対抗し得るものと認めるを得ないものと解するを相当とするのみならず、被控訴人と控訴人との間に右建物の賃貸借関係が認められるからといつて、これにより被控訴人が賃借権設定登記に応ずる義務を負担する筋合はないから、右に控訴人らが主張するような事実は、被控訴人が右建物の所有権に基き前記賃借権設定登記の抹消請求権を行使するにつき妨げとなる事由となし得ない。控訴人らのこの点の主張もいずれも採用できない。

4、控訴人らの原審における四の主張について、

松本或は被控訴人が本件建物を取得するに至つた経過は既に認定したとおりであつて、控訴人ら主張のような経過で、これを取得したものでないこと明らかである。そして前記仮処分の後になされた前示の昭和二八年一〇月二二日松本、鶴田、武田、高井間に成立した和解において、右建物が高井を除く右三名の共有に属するものであることが確認されたとの事実から、直ちに右和解成立までは、右建物は高井の所有に属し、右和解により前記松本ら三名の共有者らが高井より右建物の所有権を譲受けたとの結論を導き出し得るものでないし、他に右和解の当事者間において、和解成立に至るまで右建物が高井の所有に属していたものであることが確認されたと認められるような証拠もない。したがつて右仮処分当時右建物が高井の所有に属していたことを前提とするこの点の主張も採用できない。

5、控訴人らの原審における五の主張について、

仮処分の発令後その執行完了前に債権者の地位を承継したものは、その執行につき承継執行文の附与を受ける必要があること民事訴訟法第七四〇条の規定により明らかであるが、仮処分の執行完了後債権者の地位を承継した者は、自ら特に執行に関与する場合は格別、単に仮処分の効果を主張するには、承継執行文の附与を受ける必要がないものと解するを相当とするから、被控訴人が、処分禁止の仮処分の債権者たる地位を、松本より右仮処分登記完了後承継したと認められる本件においては、被控訴人において、右仮処分に承継執行文の附与を受けていないとしても、そのため、右仮処分による保全の効果を主張するにつき別段妨げとならないものというべきである。この点の控訴人らの主張も採用できない。

6、控訴人らの原審における六の主張について、

処分禁止の仮処分前になされた処分行為に基く権利取得の登記であつても、その登記が右仮処分の登記の後になされたものであるときはこれを以て仮処分債権者に対抗することはできないものと解するを相当とする(昭和三〇年一〇月二五日最高裁第三小法廷判決参照)から、右と異なる見解を前提とするこの点の控訴人らの主張も採用できない。

7、控訴人らの原審における八の主張について、

処分禁止の仮処分の債権者及びその承継人は、仮処分の登記によつて、第三者に対する関係においてもその係争物について保全さるべき地位を取得しているものと認められるから、係争物についての権利取得の登記がなくとも、右仮処分の効果を主張し、仮処分の登記に遅れた権利取得の登記の対抗力を右登記の時期如何にかかわらず否定しうるものといわねばならない。したがつて、被控訴人が本件建物につき所有権移転登記を了したのが控訴人ら主張のように控訴人らの右建物についての各賃借権設定登記の後であつたとしても、被控訴人において右建物の所有権を取得し、その登記を了していることすでに認定したとおりである以上、それは被控訴人が前記認定の仮処分の後になされた右賃借権設定登記の抹消請求をするにつき何ら妨げとなるものではない。この点の控訴人らの主張も採用できない。

8、控訴人らの原審における九の主張について、

被控訴人は本件処分禁止の仮処分の後松本より本件建物の所有権を取得したもので、高井よりこれを取得したものでないこと、先に認定したところであるから、被控訴人が高井より右建物の所有権を取得したことを前提とするこの点の控訴人らの主張も採用できない。

そうだとすると、控訴人らに対し、本件建物の所有権に基き前示控訴人らの右建物についての各賃借権設定登記の抹消を求める被控訴人の請求は理由があるから、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却を免れない。

よつて控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 木下忠良 中島孝信)

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